イバラッキーのK市に在住する「オカリナと山とカメラ」が好きな異邦人の他愛ない日々のあれこれを綴ります♪


by ocarina-t
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「バッテン」と「ジャッカジ」

八ヶ岳の主峰「赤岳」に家内と共に、登山をしました。あれは、今から数年前の夏のことです。
赤岳の山頂の山小屋に泊まり、早朝、御来光を見ようと早起きし、山頂に暗いうちから東の空を眺めていました。東の空は薄明るくなり、南東には天を刺すように稜線がくっきりとシルエットとなって、富士山が雲海の中、南アルプスの山々を従えて浮かんできました。そのとき、陽が上り始めるや否や、私はジャッカジと無意識に言葉に出していました。太陽が雲海から顔を出し、バッテン(×印)となって陽が刺し、見る見るうちに紅から黄金に変わり上昇していった。その時ジャッカジと口走ったのは・・・・・・・遠い記憶を辿る様に少年時代が甦って来て、悪友数人と五寸釘を土に投げ刺し、ジャッカジと叫んだ事があった。ふと、その言葉が気になり、当時の少年時代の同級生に会う機会があったので、聞いてみると、何と殆どの人が知っているではありませんか。しかし、それは或る一部の地域に限られていました。これは何かその地域にとって、特別な何かがあるのではないかと確信しました。要するに、ジャッカジはバッテン(×印)の事で我々の記憶にあるものは、何故ジャッカジなのか判らず終いでした。
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ふと自分なりに考えると、バッテンは(罰点、誤り、不可などを示す×《バツ印》=広辞苑)とあり、バッテンは豊臣秀吉が、キリシタン禁止令を発し、十字架(クルス)を罰(×罰点とし)つまり天主教を説き、キリシタン宣教師バテレン(伴天連)を言うものではないか。と考えました。ならば、何故、ジャッカジと言うのか。しかも今では死後となってしまった言葉であり、或る地域の一部の人々が知っている「ジャッカジ」は、もしかしたら、隠れキリシタンがその地方にもいて、十字架をジャッカジに変えて言葉を発したのではないかと。私の解読力には及びませんが、そんな事を思いながら自分なりに考えを膨らませ、歴史を或いは言葉を、ブログもそうですが、旅と共に出会えるのが楽しみです。何方か、ジャッカジを知っている方がいましたらお教え願います。

《アイリスの 秘めた蕾に 文字探し》
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by ocarina-t | 2007-06-02 21:10 |