イバラッキーのK市に在住する「オカリナと山とカメラ」が好きな異邦人の他愛ない日々のあれこれを綴ります♪


by ocarina-t
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世界の最高峰・・・(243)

  
  異邦人は、山には非常に興味を持っています。世界の最高峰とまでは行きませんが、精々日本アルプスを堪能しています。しかし山となれば興味を持つのは当然で、先日エドモンド・ヒラリー卿の訃報が世界中を飛び交った。88歳の天寿を全うした登山家の生涯だったのではないかと思います。

写真はコモンズ画像
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1953年エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが、世界で最初にエベレストに登頂した。

エベレストとは英国名で、当時インド政府の測量局長官名(ジョージ・エベレスト)にちなむのですが、最近はサガルマータ(ネパール=サンスクリット語で世界の頂上)とチョモランマ(チベット語で大地の母)(中国語で珠穆朗瑪峰又は聖母峰)だそうで近年一般には「チョモランマ」と言われています。



チョモランマをはじめ、地球上にある8,000mを越える山は、ヒマラヤ山脈及びカラコルム山脈にあります。


世界8,000m峰の14座
チョモランマ(8844)K2(8611)カンチェンジュンガ(8586)ローツエ(8516)マカルー(8463)チョ・オユー(8201)ダウラギリ(8167)マナスル(8163)ナンガ・バルバッド(8126)アンナプルナ(8091)ガッシャー・ブルムⅠ峰(8068)ブロード・ピーク(8047)ガッシャー・ブルムⅡ峰(8035)シシャパンマ(8024)があり、世界第二位の高峰K2などは、チョモランマよりも遥かに困難な登頂を要するといわれている。

世界8,000峰に纏わる日本人
世界第八位のマナスルは、1970年5月11日に植村直己と松浦輝夫が日本人で世界初登頂。
1970年プロスキーヤーの三浦雄一郎がチョモランマサウスコル8,000m地点から滑降。
1973年と1982年に加藤保男は2度チョモランマ登頂に成功した。
1975年には田部井淳子が女性世界初チョモランマ登頂した。
2003年に三浦雄一郎70歳7ヶ月で世界最高齢と同時に、日本人初の親子チョモランマ初登頂を遂げる。



ヒマラヤ登山には、ネパール政府が登山料として一人日本円で約300万円(2年間権利)の徴収をする。



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そのチョモランマ(標高8,848m)は、インド政府測量局が長年に亘って発表した標高を使っていましたが、中国やアメリカなどでの測量がまちまちで、ヒマラヤ(チョモランマ)は大陸プレートなどで年4ミリ程度高くなっているなどといわれているようですが、GPSで測量したチョモランマの氷雪を含まない標高8,844mが現在の高さであるとされています。が、インド政府はこれを認めてはいないようです。



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ヒラリーとテンジンは、頂上までの最後の100mを2時間半かけて悪戦苦闘の末登りきり、その功績を英女王から「ナイト」の称号を受ける事になった。



しかし、それより早く1924年6月8日「そこに山があるから・・・・・・・」の名言で知られるジョージ・マロリーはエベレスト登頂に挑戦。頂上に向かったが、途中セカンドステップあたりまでは目撃されていたが、その後、行方不明となった。



1933年イギリスの遠征隊は、マロリーと一緒に頂上にアタックしたアーヴェンのピッケルを8,570m地点で発見。続いて1999年マロリーの捜索隊が8,166m付近でマロリーの遺体を発見した。



マロリーはコダックのカメラを持参していたが、未だそのカメラは発見されない。また、登頂に成功したならば、その暁に置いて来るつもりだった妻の写真も遺留品には無いことから、ジョージ・マロリーは登頂に成功していたのではないかと思われているミステリーだ。

カメラが発見できれば、必ず頂上で記念写真を撮り写っているはずなのだが・・・・・・・・・・。




     《氷雪や 天空の峰 神秘なり》
        〔ひょうせつや てんくうのみね しんぴなり〕
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by ocarina-t | 2008-01-14 00:01 | 自然