イバラッキーのK市に在住する「オカリナと山とカメラ」が好きな異邦人の他愛ない日々のあれこれを綴ります♪


by ocarina-t
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  〔妖怪の街=鳥取〕


  所用で鳥取まで行ってきました。業務終了後鳥取支部事務局の案内で、妖怪の街を歩いてきました。この日鳥取は雪やみぞれの天気でしたが、楽しい旅を満喫する事が出来ました。


鳥取の面白い観光として、TKさん(写真下)が推薦するここ妖怪神社にやって来ました。ここは境港市で、漫画家「水木しげる」のふるさとなんです。
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c0122445_19454746.jpg漫画に登場するゲゲゲの鬼太郎などの妖怪達のブロンズ像が、愛嬌たっぷりの妖怪から怖い妖怪まで120体が境港駅から商店街へと続く道沿いに、300mにわたって出迎えてくれる。

目玉のおやじ、猫むすめのキャラクターが描かれた「妖怪街灯」にも出会える。一味違った散歩も出来ますよ。

夕暮れの雪道に更なる寒さが伝わって来ましたが、お風呂と地酒がそれだけに美味しく感じられました。


翌日、天気は回復しコハクチョウをはじめ水鳥の楽園「米子水鳥公園」や「とっとり花回廊」へ案内して頂き、花回廊では、公園の中心にドーム型の大温室があり、冬でも熱帯植物等数多くの花があり、中でも蘭の種類の花は綺麗な色と香りを放ち、今の季節に妖しげな感覚に包まれました。
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帰りの機上からは、隠岐国立公園にある大山(だいせん)を望む事が出来た。雪をかぶった大山は、別名「伯耆富士」や「出雲富士」などとも言われている。美しい山が見えることに感謝しました。TKさんありがとうございました。
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     《雪の街 妖怪ロード 肝試し》
       〔ゆきんのまち ようかいろーど きもだめし〕
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by ocarina-t | 2008-01-19 21:10 |
  菅生沼での写真で、望遠レンズを使用しての白鳥の撮影が出来ましたので、掲載してみました。この写真はコハクチョウですが、オオハクチョウとの違いは、体の大きさがオオハクチョウは140cmくらいでコハクチョウは120cmくらいだそうです。その他クチバシの黄色い部分が先の方まであるのがオオハクチョウ、黄色い部分が先まで無く途中で丸みを帯びたのがコハクチョウです。


コハクチョウの華麗な舞です。
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白鳥は家族やグループ意識の強い水鳥だ。まして夫婦愛はなおさらの事のようです。
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力いっぱい羽ばたいたこの姿は優雅なものです。
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夕陽を浴びて白鳥の家族は塒へと飛び立って行く。
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  《コハクチョウ 夕陽の飛翔 連なりて》
         〔こはくちょう ゆうひのひしょう つらなりて〕
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by ocarina-t | 2008-01-16 19:17 | 自然
  異邦人の住むKシティの郊外には、渡良瀬遊水地があり220種の鳥類が確認されています。また、猛禽類の鷲や鷹などの東日本最大の越冬地ともなっている。

しかし、白鳥に至っては近隣の坂東市や館林市などに数多く飛来し、安易にカメラで撮れると我が先輩のT氏に情報を得、早速行って来ました。


ここ菅生沼は、首都圏でネイチャーウォッチが出来る数少ない自然観察フィールド。300羽を超えるコハクチョウやカモを見ることが出来ます。朝6時半に家を出て7時に着きました。
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この沼には、マコモなどの水生植物が豊富にあり、多数の渡り鳥が越冬できる全国でも数少ない場所だそうです。

10月末頃飛来して、その後徐々に数を増やし3月初旬迄その優雅な姿を見せてくれる。
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見て下さい。異邦人が行った時には、既に多くのカメラマンがいて、車もつくば、土浦、習志野、大宮などのナンバーがありました。

白鳥の首が茶色なのは幼鳥で、その他マガモなどもいますが、北海道の濤沸湖や新潟の瓢湖では写真を撮ったり見たことありましたが、我が近隣でこんなに沢山白鳥が飛来しているとは知りませんでした。「灯台下暗し」ですね。
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7時半頃になると、パン屑やパンのミミなどを持って自然野鳥の管理などを行っている人が来て餌付けなどをすると、白鳥はクホ、クホー(異邦人には食おう、食おうと聞こえるのだが)カモはグヮングヮン(こちらは食わん、食わんと聞こえたりして)と首をいっぱい伸ばし騒がしくなる。

腹いっぱいになると、そのグループのリーダーとなる白鳥がコホーウ、コホーウ(行こう、行こうとばかり)叫び、他の湖へと飛び立って行くその姿は、大空へ舞い上がる幸せの白い鳥のようにも思えた。
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   《白鳥の 首長かりし 舞い上がる》
         〔はくちょうの くびながかりし まいあがる〕
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by ocarina-t | 2008-01-15 17:44 | 自然
  
  異邦人は、山には非常に興味を持っています。世界の最高峰とまでは行きませんが、精々日本アルプスを堪能しています。しかし山となれば興味を持つのは当然で、先日エドモンド・ヒラリー卿の訃報が世界中を飛び交った。88歳の天寿を全うした登山家の生涯だったのではないかと思います。

写真はコモンズ画像
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1953年エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが、世界で最初にエベレストに登頂した。

エベレストとは英国名で、当時インド政府の測量局長官名(ジョージ・エベレスト)にちなむのですが、最近はサガルマータ(ネパール=サンスクリット語で世界の頂上)とチョモランマ(チベット語で大地の母)(中国語で珠穆朗瑪峰又は聖母峰)だそうで近年一般には「チョモランマ」と言われています。



チョモランマをはじめ、地球上にある8,000mを越える山は、ヒマラヤ山脈及びカラコルム山脈にあります。


世界8,000m峰の14座
チョモランマ(8844)K2(8611)カンチェンジュンガ(8586)ローツエ(8516)マカルー(8463)チョ・オユー(8201)ダウラギリ(8167)マナスル(8163)ナンガ・バルバッド(8126)アンナプルナ(8091)ガッシャー・ブルムⅠ峰(8068)ブロード・ピーク(8047)ガッシャー・ブルムⅡ峰(8035)シシャパンマ(8024)があり、世界第二位の高峰K2などは、チョモランマよりも遥かに困難な登頂を要するといわれている。

世界8,000峰に纏わる日本人
世界第八位のマナスルは、1970年5月11日に植村直己と松浦輝夫が日本人で世界初登頂。
1970年プロスキーヤーの三浦雄一郎がチョモランマサウスコル8,000m地点から滑降。
1973年と1982年に加藤保男は2度チョモランマ登頂に成功した。
1975年には田部井淳子が女性世界初チョモランマ登頂した。
2003年に三浦雄一郎70歳7ヶ月で世界最高齢と同時に、日本人初の親子チョモランマ初登頂を遂げる。



ヒマラヤ登山には、ネパール政府が登山料として一人日本円で約300万円(2年間権利)の徴収をする。



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そのチョモランマ(標高8,848m)は、インド政府測量局が長年に亘って発表した標高を使っていましたが、中国やアメリカなどでの測量がまちまちで、ヒマラヤ(チョモランマ)は大陸プレートなどで年4ミリ程度高くなっているなどといわれているようですが、GPSで測量したチョモランマの氷雪を含まない標高8,844mが現在の高さであるとされています。が、インド政府はこれを認めてはいないようです。



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ヒラリーとテンジンは、頂上までの最後の100mを2時間半かけて悪戦苦闘の末登りきり、その功績を英女王から「ナイト」の称号を受ける事になった。



しかし、それより早く1924年6月8日「そこに山があるから・・・・・・・」の名言で知られるジョージ・マロリーはエベレスト登頂に挑戦。頂上に向かったが、途中セカンドステップあたりまでは目撃されていたが、その後、行方不明となった。



1933年イギリスの遠征隊は、マロリーと一緒に頂上にアタックしたアーヴェンのピッケルを8,570m地点で発見。続いて1999年マロリーの捜索隊が8,166m付近でマロリーの遺体を発見した。



マロリーはコダックのカメラを持参していたが、未だそのカメラは発見されない。また、登頂に成功したならば、その暁に置いて来るつもりだった妻の写真も遺留品には無いことから、ジョージ・マロリーは登頂に成功していたのではないかと思われているミステリーだ。

カメラが発見できれば、必ず頂上で記念写真を撮り写っているはずなのだが・・・・・・・・・・。




     《氷雪や 天空の峰 神秘なり》
        〔ひょうせつや てんくうのみね しんぴなり〕
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by ocarina-t | 2008-01-14 00:01 | 自然
  地球規模で温暖化が騒がれる中、災害などが広域に亘って起きている。なかでも、カリフォルニア州南部の森林火災は、昨年10月20日にサンタバーバラで森林火災に端を発し、ロスアンゼルスやサンディエゴへ広がり、大規模火災となった。

この時、地元カリフォルニア州内の消防隊や森林警備隊など、隣接のコロラド、アリゾナ、ネバダ、オレゴン、ニューメキシコ州の消防隊、遠くはワシントン州の消防隊など約2万人が被災地へと駆けつけた。

このように、広域的な大規模災害が発生した場合における消防隊の地域を守る勇士の活性化が我がシティでも叫ばれ、いざ広域的な災害が発生した場合、迅速且つ隊員の士気向上及び機械器具点検等の把握と住民一体となった使命感を取り組む為、合同消防出初式が盛大に開催されました。


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いつも異邦人のこのブログに、コメントを寄せてくれている喇叭班長さんも、我がシティの勇士として、この中で活躍されています。本当にご苦労様です。
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昨日・今日・明日と三連休の日本では、本格的な冬を迎えて強風とマイナス4度という今日の最低気温の中、活気溢れた敏速な行動が披露された。
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   《新春の 目指す防火や 鼓舞意識》
        〔しんしゅんの めざすぼうかや こぶいしき〕
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by ocarina-t | 2008-01-13 10:41 | 仲間
  〔槍ヶ岳=北アルプス〕



  「憧れの山=北アルプス槍ヶ岳」は、以前(稜線/風と雲②と③Ⅰ~Ⅱ)で、昨年11月11日と12日にかけて夏山の槍ヶ岳を掲載しましたが、今回は雪の多い槍ヶ岳を掲載します。


山は何と言っても自己責任で行動を取らなければならない。安易な気持ちで山は登れない。行く前には体力気力は勿論、天候なども考慮して山行きの計画を立てなければならないです。


いつもは異邦人の誕生日の八月に山行きを考えるのですが、このときは残雪のある6月下旬となった。勿論アイゼンやスパッツなどを装備してのソロの山行きとなったが、梅雨の合い間上高地から横尾を通って槍沢を経て槍ヶ岳へのルートだ。


c0122445_1342165.jpg樹林の中を梓川が流れ、ほど良く歩くと一の俣谷から二の俣谷のつり橋を渡り槍沢ロッジに到着する。

川は雪解けの水が豊富に流れ手を切るような冷たさだ。

やがてババ平に出て旧槍沢小屋があった所だが、雪崩で潰され現在は石積みの壁だけが残っている。

もう既に6時間半は歩いている。ザックが肩に食い込むように重く感じてきた。あと三時間で槍ヶ岳山荘に着く。気を振り絞って行くとU字谷独特の垂直の壁が迫ってくる。











c0122445_1322182.jpg雪の中を一歩一歩冷たい空気を吸って登るのは格別だ。食い込むアイゼンで急登な高度をアルバイトする。

下からきゃぁ~あぁ~と聞こえた。振り返ると200メートル下で女性らしき登山者の一人が雪渓を落ちて行く。

グリセードで雪の斜面を助けようと構えたら、岩に当り助かったらしい。大丈夫か~っと声をかけると仲間の一人が手を振って合図する。良かった~助かった。

頂上はもう目と鼻の先だ。もう上高地を6時に出てから既に8時間半は歩いている。午後3時には槍ヶ岳山荘へ着く。あと30分だ。下を見ると先程の女性登山者3名が登ってくる。大事に至らず良かった思う。
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山小屋では、先ほどの女性パーティー3名(韓国の女子大生)と一緒になり、左足を少し打撲した程度らしく、怪我は無ないと片言の日本語で話す。夕食には韓国本場のキムチなどを戴きました。

帰りには上高地バスターミナルでまた彼女達と逢い、山の友として親睦を深めました。
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     《梅天の 山の彼方の 雪深さ》
        〔ばいてんの やまのかなたの ゆきふかさ〕
    
 
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by ocarina-t | 2008-01-12 15:12 | 山行
  〔東北編Ⅱ=山形〕


  山形には異邦人の大好きな作家、藤沢周平の郷土でもある。特にこの山形の庄内平野を舞台に政変に巻き込まれて行く牧文四郎の成長を描く「『蝉しぐれ』は何度も読んでしまいました。その他「『風の果て』や『たそがれ清兵衛』なども有名な著書です。



立石寺の寺号は宝珠山阿所川院立石寺と言うそうです。普通山寺と言われ、古来より悪縁切り寺として信仰を集めたようです。

下の写真の景色は、五大堂からの眺めで元禄2年(1689)松尾芭蕉が旅の途中で訪れ、「奥の細道」にその時の事が書かれている『閑さや巌にしみ入る蝉の声』の句を詠んだ句碑が参道にある。
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c0122445_17245528.jpg月山神(攝社三神社)は出羽三山の月山(標高1,984m)、羽黒山(418m)、湯殿山(1,500m)の総称した出羽三山神社なんです。本宮はそれぞれの山にあるようです。




c0122445_17253219.jpg五重塔(国宝)は、平将門建立と言われています。


正式名は羽黒山五重塔ですが、この風格重々しいでしょう。


高さ29mの三間五層柿葺素木造りで、羽黒山参道一の坂上り口の杉並木の中にある。


近くには樹齢千年樹の周囲10mの巨杉(天然記念物)翁杉もあります。





山居倉庫(さんきょそうこ)は、明治26年(1893)に建設された米の保管倉庫で、現在も農業倉庫として使用されています。

新井田川沿いに欅並木と共に12棟が建ち並ぶ景観は、米どころ庄内のシンボルとして有名です。1棟は庄内米歴史資料館として開放され、米作りの歴史から現剤の生産・流通の仕組みまで学ぶ事が出来る。
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     《雲の峰 流れて光る 月の山》
        〔くものみね ながれてひかる つきのやま〕
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by ocarina-t | 2008-01-11 18:17 |
  〔早池峰山=岩手〕


  高山植物の代表的な植物として知られている「エーデルワイス=西洋ウスユキソウ」は、高貴な白と言う意味があるそうです。映画サウンド・オブ・ミュージックの挿入歌にもなって有名です。

その日本版が、岩手県早池峰山(標高1,917m)にあるのです。早池峰山は、北アルプスの白馬山と同様、高山植物の宝庫です。またそれほど登らなくても高山の花が見られる事で人気のある山です。


早池峰山頂上から南方を望む。
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早池峰山にのみ咲く「ハヤチネウスユキソウ」は神秘性と相まって、是非、早池峰山に登ってその花を見たい一心で、岩手県まで妻と二人で車を飛ばし早池峰山まで行きました。


c0122445_1504893.jpg登山口基点の河原坊から登り、アザミやリンドウ等、そこここに咲く樹林帯を抜けると七合目辺りから大きな岩が目立ち、岩の塊を幾つも巻くようにしながら登るうちに、拳を突き上げたような形の打石(ぶついし)が八合目だ。ここで一休みです。


特徴ある乳白色の綿毛に覆われた花が「ハヤチネウスユキソウ」です。来た甲斐があった。やっと日本版エーデルワイスに出会えた。


嬉しい・・・・・・・本当に嬉しかったあぁ~


厳しい寒さと風雪に耐え、白い雪の綿帽子を被ったその花は、生命力にただただ感服させられます。だからこそ花も実もより気高く美しいのでしょう。
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見比べて下さい。以前異邦人がヨーロッパアルプスへ行った時、ユングフラウ・ヨッホ(標高4,158m)で購入したドライフラワーの「エーデルワイス(オルゴール)」です。


「ハヤチネウスユキソウ」は、決してヨーロッパアルプスの「エーデルワイス」にも負けてはいませんね。
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   《ウスユキの 花に負けじと 気高しく》
          〔うすゆきの はなにまけじと けだかしく〕
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by ocarina-t | 2008-01-10 16:14 | 山行
  〔東北編Ⅰ=青森〕


  日本列島旅日記①~⑥〔北海道編としてⅠ~Ⅴ〕を、昨年からシリーズとして掲載しましたが、今回は東北に来て青森から掲載したいと思います。


  仕事の関係で青森市に行き、そのついでに観光を兼ねた旅をしましたので紹介したいと思います。

青森のベイブリッジは、全長2キロの青森駅上を通過する橋梁で、2006年10月に竣工した。青森港には、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸(黄色の船体)が繋留してあり博物館になっている。
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アルパム(青森県観光物産館)にある青森ねぶた展示コーナー。
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仕事仲間の案内で同僚と足を延ばし郊外に出ると、こんなに雪が掻き分けてあり青森で有名な清龍寺へ案内されました。五重塔は高さ39mで日本第四位だそうです。
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また清龍寺は高野山の青森別院で、青銅坐像の大日如来像(昭和大仏高さ21.35m)は日本一だそうです。
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特別史跡の三内丸山遺跡は、日本最大級の縄文集落跡で今から約5,500年~4,000年前の定住生活が営なまれていたようです。

大型堀立柱建物跡、竪穴住居跡、貯蔵穴、粘土採掘坑などが見つかり集落全体の様子や当時の自然環境などが具体的に分かり、数多くの発見が縄文文化のイメージを大きく変えたそうです。
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     《古の 縄文文化 雪に見る》
       〔いにしえの じょうもんぶんか ゆきにみる〕
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by ocarina-t | 2008-01-09 14:52 |
  昨日一月七日は「春の七草」の日でした。本来、春の場合は「春の七種」だそうです。我が家では毎年恒例の七草粥と言うものを食べていましたが、異邦人は「秋の七草」は知っていましたが、春の場合は言えませんでした。そこで早速調べてみると・・・・・

芹、ナズナ(ペンペン草)、ゴギョウ(母子草)、はこべら(ハコベ)、スズナ(かぶ)、すずしろ(大根)、仏の座。だと言うことが分かりました。

昨日の朝も七草粥を食べました。お粥ですので食べやすいのですが、少し苦味があるような気がします。でも、胃に優しくサッパリした素朴な味でした。
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春の七種の由来は : 古い中国の習慣が日本に伝わり、後醍醐天皇の延喜十一年から正月七日に七種の若菜を調進することが公式化され「枕草子」にも
          「七日の菜を六日に入がもて騒ぐ」
の記事が残っているように、七日の朝七草粥を炊いて、無病息災を祈る慣わしが出来たらしいです。

当然、おせち料理で疲れた胃を休め野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養を補うと言う効能もあることから、このように取り入れられたようです。
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左から芹、スズナ、すずしろ、ナズナ、仏の座、御形、はこべら、で市販されているものです。
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秋の七草は : 女郎花(おみなえし)、尾花(すすき)、桔梗(ききょう)、撫子(なでしこ)、藤袴(ふじばかま)、葛(くず)、萩(はぎ)です。
おすきなふくはと覚えていました。

秋の七草は、「花野(はなの)」を散策して短歌や俳句を詠む事が古来より行われ、それを眺めて楽しんだようで、何と風流な事なんだろうと思いますよね。


    《年明けし 春の七草 ダイエット》
         〔としあけし はるのななくさ だいえっと〕
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by ocarina-t | 2008-01-08 16:55 |